“幸福な結末”
制作現場潜入レポート①

【レポーター / 小山祐司】

2010年7月某日。三河映画・岩松組「幸福な結末」のクランクインが近いということで、独自取材を許された私は、「幸福な結末」のリハーサルが行われている豊田市某所の会場へと向かうことになった。

IMG_6716.JPG

潜入取材初日【クランクインまでの苦難】

 

2度の交通事故を乗り越えて

 完全自主制作体制でつくられている三河映画「幸福な結末」の現場取材を許され、愛知県の豊田市駅に到着。そこからリハーサル会場はすぐ近くにあった。クランクインを1週間後に控えていた岩松組は、リハーサルの大詰めを迎えているであろうと思われたが、リハーサル会場に岩松監督の姿はなかった。学校の教室4つ分ぐらいはあろうホールで、スタッフと役者たちが、各々打ち合わせや演技の自主練習を行っていた。そこには主演の清水香奈さんと井上秀之さんの姿もあった。井上さんは、撮影の3か月前に自宅のある埼玉から三河地方に引っ越し、「幸福な結末」の宣伝、リハーサルに臨んでいると事前に聞いていた。彼は、地元の協賛で揃えられた家電や生活用品に囲まれ、生活を送っていたという。相手役の清水香奈さんも、自宅が稽古場から遠いため、リハーサル期間中の3か月は、稽古場の近くの親戚の家に身を寄せ、そこから高校にも通っており、リハーサルが始まってからはろくに自宅に帰っていないという情報を得ていた。

 我々取材班は、リハーサル会場に到着すると、プロデューサーの一人である、清水雅人さんに挨拶を済ませ、今の制作状況をお聞きしたところ、先ほど岩松監督から電話が入り、「交通事故に遭って会場入りが遅れる」とのことであった。詳しく聞くと、車の運転中に意識を失い、前を走っていた車に追突してしまったというのだ。おそらく日々の寝不足から居眠り運転をしてしまったのではないかということである。監督本人に怪我はないとのことで、警察の事情徴収が終わり次第、リハーサル会場へと駆けつけるらしい。プロデューサーの清水さんは、慌てる様子もなく、「これで2回目だからね」と平然としている。半年ほど前、「幸福な結末」の脚本合宿を山の旅館で行ったらしいのだが、そのときも監督は同様の交通事故を起こし、廃車にしているというのだ。この2回の交通事故の話を聞いただけでも、岩松監督が体力的にも精神的にも追い込まれている様子が容易に窺えた。それからまもなくして岩松監督がリハーサル会場へ到着した。すぐさまリハーサルは開始されたのだが、リハーサル中に何度も監督の携帯電話が鳴る。その都度、リハーサルが中断されるが、どうも警察や保険会社からの電話のようだ。明らかに岩松監督は精神的に参っているはずなのだが、リハーサルを行う目つきは、そんなことを微塵も感じさせないほど真剣そのものであった。

IMG_5714のコピー.jpg

ヒロインの自信消失

 そんな中、いきなり、主演の香奈さんがその場にしゃがみ込んで泣き出してしまった。思うように演技ができず、完全に行き詰まってしまったようなのだ。リハーサルは、この3か月間、毎日行われており、平日は地元の役者との絡みのシーンを行い、週末には東京などの県外の役者との絡みのシーンを行なっているそうである。
香奈さんは、今回が映画撮影初体験で、演技も初めてのことらしい。演技経験者の役者たちに囲まれ、現役高校2年生の少女にとって、今置かれている立場はあまりに過酷なことであろう。彼女はいつまで経っても立ち上がることができず、リハーサルは中断された。緊迫した時間が1時間、2時間と過ぎていった。その場にいたたまれなくなったのか、主演の井上さんは「ちょっと外を走ってきます」と言って、部屋から出て行ってしまった。きっと重苦しい空気に耐えかね、席を外したのだろう。

その後、いつのまにか、プロデューサーの清水さんも部屋から消えていて、あれよあれよという間に、私以外は、監督と香奈さんだけになってしまった。私も部屋から出ようか迷っているところへ、美術チームの西野さんが小道具の試作品を持って現れた。今の状況を何も知らない彼は、リハーサル会場の扉を勢いよく開けたものの、その瞬間、部屋の中に漂う空気を察し、一歩も部屋に入らず、黙ったまま扉を閉めてしまった。
私自身も、いてもたってもいられず、ついに部屋から飛び出すと、扉の外には、美術チームの西野さんが廊下に立ち尽くしており、隣には衣装担当の尾野藤さんがサンタクロースのように大きなビニール袋に山ほど古着を詰め込んで立っていた。彼女も、監督と打ち合わせをするためにやってきたようなのだが、西野さん同様、中には入れなかったようだ。このほかにも、メイクの岩井さん、ラインプロデューサーの中山さんの姿もあり、リハーサル会場前の廊下は、三河映画スタッフで占拠されていた。

 とうとうリハーサル会場の閉館時間になり、香奈さんと監督が部屋から出てきた。外から聞き耳を立てている限りでは、二人は何も話し合っていなかったように思われた。この状況で香奈さんに声をかけるのは心が痛かったが、せっかく取材に来ているのだ。ここで引くことはできないと思い、恐る恐る彼女に声をかけることにした。私は軽く自己紹介をして「大丈夫ですか?」と彼女に声をかけると、彼女はひとこと「きっと私は(役を)下ろされます」とつぶやいた。その声を聞いて、さすがに私は二の句を告げられなかった。彼女の声が聞こえたのか、そこへ岩松監督が近づいてきた。そして、香奈さんに向かって「オーディションで君より演技が上手い人は山ほどいた。僕は君を演技が上手い下手で選んだわけじゃない。すべての役者の中で、一番根性があったから選んだんだ。その君がメソメソ泣いていてどうする!」と力強く言い放った。

IMG_6148のコピー.jpg

まさかのロケ地協力の辞退

それに対して、香奈さんは何かを言う代わりに声を上げて泣き出した。岩松監督が「最強の根性の持ち主だ」とお墨付きの役者が泣き続ける。正直、今日の取材の収穫は少なかったが、三河映画の本気度がヒシヒシと伝わってくる時間であった。
最後に、監督にお別れの挨拶をしようかと思っていると、彼はスタッフたちから少し離れたところで電話しており、「あんなに乗り気だったのに…どうして?」と話している。そして、電話の後、一つ深いため息を吐いている。私が「何かあったのですか」と尋ねると、「幸福な結末」のクライマックスシーンを撮影する屋上のロケ地から連絡があり、屋上での撮影許可が取り消されたのだという。映画の中で、主人公が投身自殺を図るという設定のため、イメージが良くないからという理由で、この2年間どのロケ先から断られ続けたらしい。そこで、ようやくOKをもらったのもつかの間、そのロケ先がNGを出してきたというわけだから、落胆の度合いも大きかったのだろう。私もその知らせを聞いて、思わず「どうしてなんですか」と尋ねると、監督の答えを聞いて、思わず絶句してしまった。「昨日、そのビルで本当に投身自殺をした人が出てしまったそうです」

 

クランクインまであと1週間。次回の私の取材は、クランクイン当日となる。こんな状況下で、はたして無事撮影を開始できるのか。その答えは、1週間後の訪問で分かることだろう。私も期待と不安でこの1週間を過ごすことになるだろう。そんな思いを胸に、豊田の地をあとにした。