“幸福な結末”
制作現場潜入レポート③

【レポーター / 小山祐司】

潜入取材3日目【猛暑との闘い】

8月某日。今年の夏は暑い。異常なくらい暑いのだ(のちに2010年の夏は「観測史上最も暑い夏」と言われ、特に8月は「観測史上最も暑い1か月」と言われている。この夏は長期間にわたって記録的な高温が続いた)。そんな暑さの中、三河映画の「幸福な結末」は、7月下旬にクランクインして、約1か月以上合宿体制で撮影に臨んでいた。取材3日目は、早朝からの撮影だったので、三河映画の合宿所に泊まらせていただくことにした。三河映画の合宿所を覗くにはまたとない機会だ。

5キロ痩せた主演と監督

三河の豊田市駅には、13時半に到着した。突然、ひとりで取材にやってきた私に対して、三河映画スタッフは迎えをよこしてくれた。豊田市駅に迎えに来てくれたのは、ロケハンチームの寮子さん。撮影現場に向かう道中で、合宿所に泊まれることが楽しみだと伝えると、「期待しない方が良いよ」と笑われた。はたして、どんな場所で三河映画のメンバーは生活を送っているのだろうか。

撮影現場に着いた頃には、14時半を回っていた。陽が傾きだしたとはいえ、焼け付くような暑さである。以前に会った頃とは違い、スタッフは真っ黒に日に焼けていた。主演の2人やメインスタッフの顔つきも、クランクインの時とは明らかに違う。非常に凜々しくたくましい顔つきになっている。そのことを話すと、ただ単に痩せたからじゃないですかと、記録の近藤さんが笑う。

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主演の井上さんも、岩松監督も、照明の古川さんも、撮影開始1週間で5キロ痩せたのだという。夏バテではなく、ガッツリ食べていても、消費がすさまじく、痩せていくらしいのだ。この過酷な暑さの中、闘い抜くには、それ相当のエネルギーが必要なのだろう。

 

撮影現場では、役者とスタッフに塩飴が配られ、強制的になめさせられていた。あまりの暑さから、一日、何度も塩飴が配られるそうなのである。監督の「カット」がかかるごとに、カメラマンの今井さんが小型扇風機をカメラに向けて回している。撮影中に、何度もカメラが熱でオーバーヒートして、止まってしまうらしい。そのたびに、カメラの熱が冷めるまで、撮影は待機状態になる。暑さにやられているのは機械だけではなかった。音声マンの正木さんは、汗が滝のように流れ、頭にタオルを巻いていても、汗で前が見えないとぼやいていた。撮影現場には、常に飲み物用の大型タンクが2台用意されていたが(これも協賛らしい)、中身がすぐ空っぽになってしまうため、助監督が何度もお茶を補給していた。

そして、今日の取材時で一番驚いたのは、主演の井上さんが怒りで身体を打ち振るわせながら歩くシーンを撮影していた時のことだ。監督の「よーい、スタート!」の声がかかり、相変わらず憑依タイプの演技を見入っていると、突然、後方からバタン!という物音がした。あまりの音の大きさにスタッフも驚き、監督の「カット」がかかる前に思わず音のする方向を一斉に振り返る。すると、レフ板を持ったまま、撮影助手の鈴木さんが地面に倒れ、意識を失っていたのだ。暑さのせいで熱中症になったようだ。慌ててスタッフが駆け寄って手当をするが、もっと驚いたことに、主演の井上さんもその場に倒れ込み、痙攣したまま泡を口から吐いていたのだ。井上さんは、熱中症にかかっていたわけではなく、怒りに逆上した役になりきってしまい、痙攣を起こしたというのだ。こういうことはよくあるのだと記録の近藤さんは言う。制作助手の竹内さんが濡れタオルを彼の首に当てて手当てをしている。井上さんの役に憑依する凄まじさは、現実世界に戻って来られないこともあるのではないかと心配するほどである。

温かい夕飯が待っている

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少しの休憩を挟み、撮影は続けられていたが、ラインプロデューサーの中山さんが、監督に耳打ちをしている。どうやら主演の香奈さんが熱中症にかかって、熱を出しているようなのである。そんな状態なのに、彼女はそのことをおくびにも出さず、ずっと撮影を続けていたというのだ。スタッフから「今38度あります。どうしますか?」と問われ、監督は香奈さんの元へ行く。監督に安否を問われた香奈さんは「大丈夫です。撮影を続けてください」と答えている。なんという精神力の持ち主なのだと感動するが、明らかに顔色は悪い。だがそう言われた監督は、あっさり「分かった。じゃあ、続けよう」そう言って、カメラマンとの打ち合わせに行ってしまう。思わず、人の姿をした鬼だと思ってしまったが、ふと私の頭に「同志」という言葉が浮かんだ。彼らは、「仲間」というより、同じ闘いに臨んでいる「同志」なのである。彼らには共にいくつも闘いをくぐり抜けた絆の強さがある。

だから、彼女の闘い抜きたいという思いを痛いほど理解できている。闘っているのは彼女だけではない。その他の役者もスタッフもみんなそれぞれの問題と闘ってここにいるのだ。それが互いに分かっているからこそ、彼女も闘うことを続けているのだろう。彼らのやり取りは、こうした闘いをくぐり抜けた者同士でなければ分からない感覚なのであろう。

今日のすべての撮影は無事終わり、ロケバスに乗って、スタッフとキャストは合宿所へと向かった。合宿所に着くと、そこは小さな一軒家であった。その場所は、高速道路の建設予定地であるため、住民は立ち退いたらしいが、まだ建設が始まっていないということで、特別に安く借りることができたということである。
合宿所に着くと、辺りはすっかり暗くなっていたが、合宿所の電気はついていた。中に入っていくと、年配の女性たちが夕食を用意している。彼女たちは、地元の主婦の方たちで、輪番で毎日合宿所の食事を作りに来てくれるそうなのである。助監督さんから撮影終了の電話が入ると、到着と共に温かい食事が食べられるように準備をしてくれているらしい。

地元の方たちの協力は、それだけでなかった。合宿所の衣装部屋と呼ばれている部屋を覗かせてもらうと、確かに移動用のスタンドに、ギッシリとハンガーに掛かった衣装が並べられていたが、問題はその周りである。部屋の床には、飲み物の入った段ボールが積まれ、そうめん、レトルト食品、野菜や米俵、スイカが転がっていて、足の踏み場が全くない。これらはすべて地元の方たちの協賛品というのだ。こうした食料以外にも、食器や冷蔵庫、洗濯機、布団…、この合宿所にあるものは全て地元の方たちからの協賛品ということであった。
役者とスタッフが、合宿所の居間兼男性部屋の長テーブルをぐるりと囲む。大人数での賑やかな夕食が始まる。一つ屋根の下で寝食を共にすると、仲間意識もどんどん芽生えてくることだろうと感じた。夕食が終わると、当番の役者さんたちが食器洗いを始める。このほかにも、ゴミ当番、風呂当番も決まっているらしい。

熱帯夜にエアコンなしでマスクをつけて眠る

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一つ屋根の下での暮らしは、良いことずくめかと思いきや、難点が2つあると言う。その1つは、お風呂が小さく一人ずつしか入れないことらしい。1日の撮影を終えると、体が汗だくのため、汗を流さないわけにはいかないが、全員がお風呂に入り終わるには、どうしても3時間以上かかってしまうらしい。
もう1つは、エアコンがないことだ。合宿が始まった頃、女性部屋だけに小さなエアコンが取り付けられていたが(これも協賛)、そのエアコンも1週間ほど前に壊れ、水漏れで部屋の中に水たまりができて大騒ぎになったらしい。ということで、現在、合宿時にはどの部屋にもエアコンがない。せっかくお風呂に入っても、連日、この熱帯夜である。すぐに身体が汗ばんでくる。お風呂から出た者から、どんどん就寝していくのだが、暑さゆえ、どうがんばっても私たちは眠りにつけない。ボロ部屋で埃もひどいということで、喉を痛めないように役者はみんなマスクをして寝ている。人間の順応力はすごいと感心させられる。涼しい顔で眠るについている役者たちを横目に、私が眠りについたのは、周りがうっすら明るくなってきたころであった。