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“Ben-Joe”
制作現場潜入レポート③

【レポーター / 稲垣卓】

潜入取材3日目【地域に感謝しながらの撮影】

自ら水を被って撮影に臨む

慌てて目を覚ますと、合宿所に撮影スタッフの姿はなかった。セットに向かうと、特殊メイクの岩井さんが元気に挨拶をしてくれた。当然のことながら、寝ないで血糊の準備を進めていたらしい。三河映画スタッフの体力には本当に驚かされる。朝一番の新幹線に乗って、東京からヒロインの父親役の俳優・新藤さんがセットにやってくる。キャスティング・ディレクターの倉橋さんに連れられて初めてセットに足を運んだ彼は「すごいところで撮ってるね」としきりに感心している。撮影の衣装に着替えると、新藤さんは、足を泥で汚され、いきなり頭から水をかぶらされる。雨の中、傘をささずにやってきた設定だかららしいのだが、カットを重ねるたびに、水かぶらられている姿を見ていると、少々気の毒になるが、当の本人は自ら進んで水をかぶるっており気合十分の様子だ。スタッフの意気込みが伝わっているのだろう。

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何でも良いから赤い液体を集めて!

朝一番の撮影では、いよいよ血糊テストを行なったカットの本番撮影となる。血糊の材料が1回分しかないため、本番一発で決めなければならない。またもや失敗を許されない緊張感のある撮影だ。監督のかけ声で本番がスタート。巨大なジョウロをスタッフ2人がかりで傾けると、演技中の役者の身体に仕込んだホースから、ドッと血糊が流れ出す。監督の「カット」の声がかかると、撮影班がモニターを囲んで話し合いを始める。どうも監督が納得いかず、撮り直しをしたいらしいのだが、血糊が足りず、岩井さんは頭を抱えているようだ。

それでも撮り直しを要求してくる監督に応えようということになる。三河映画スタッフの心意気を感じる。岩井さんは、すぐさま合宿所にいる制作チーフの彬田さんに電話をかけている。「赤ワイン、トマトジュース、何でもいいんで、赤い液体はないですか? 足りなければ、酒屋さんやスーパーに行ってもらえませんか?」電話をしながら、いつもは穏やかだという岩井さんは激しく貧乏ゆすりをしている。相当のストレスがかかっているようだ。まもなく彬田さんがセットに現れ、ワインやジュースを運び込まれ、甘い香りの血液が大量に用意される。2回目の撮影でようやく監督からOKが出る。岩井さんは、脱力状態になってその場に座り込んでしまう。「あー、良かったぁ」とようやくいつもの笑顔が見える。

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セットで小学校の社会見学を開催

血糊を使った撮影が終わったかと思うと、スタッフは、現場に大きなモニターを運んだり、出入り口付近の床にブルーシートを敷いたりと次の準備を始める。今日の撮影は、これで終了らしいのだが、1時間後には、地元の津具小学校の児童が社会見学にやってくるというのだ。「本物のものづくりを目の当たりにさせたい」と、校長先生から直々に三河映画の撮影見学のお願いがあったらしい。子どもたちに先んじて、地元の新聞社の記者たちが現れ、監督やスタッフへの取材が始まる。取材と社会見学の準備が同時進行で行われているうちに、セットの外から賑やかな声が聞こえてくる。バス2台をチャーターして、津具小学校の全校児童、全職員、保護者の方たちがやってきたのだ。

セットの最も広い部屋に、子どもたちが入ると、撮影の体験会が始まった。会の仕切りは、元教員の岩松監督と現役保育士の制作チーフの彬田さんだ。子どもたちの対応は手馴れたもので、笑い声を交えながら会が進められる。まずは、撮影体験ということで、先生と子どもたちが俳優とスタッフを務め、“Ben-Joe”の1シーンをセットで撮影する。カメラが回ると、全校児童がシーンと静まり返る。監督役の先生の「カット!」の声がかかると、子どもたちからは大きな拍手が起きる。撮影後、設置されたモニターですぐに再生。大きな画面に映し出された映像を観て、「すごい!」子どもたちから歓声が上がる。映画づくりの楽しさを味わい、生き生きしている子どもたちの姿を見て、三河映画スタッフも役者たちも嬉しそうだ。

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すぐ泣いたりできるんですか?

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子どもたちと先生の撮影体験が終わると、続いて、三河映画スタッフと役者が、今撮影された全く同じシーンを撮影する。三河映画チームの撮影を見る子どもたちの目は文字通り輝いている。岩松監督の「カット」の声がかかると、子どもたちと先生たちから割れんばかりの拍手が起きる。俳優たちの演技に感動したのだろう。三河映画チームが撮影した映像がモニターに映し出されると、これまた、どよめきと拍手。俳優の演技に照明や※ジンバルを駆使した映像の美しさがプラスされ、驚いたのだろう。

撮影体験後、子どもたちから俳優たちへの質問会が行われる。「いつから俳優をめざしたんですか」「泣くシーンではすぐ泣いたりできるんですか」等々、素朴な質問が飛び交う。俳優たちは、一つ一つの質問に丁寧に答えていたが、その姿は、撮影中の緊張感とは打って変わって穏やかではしゃいでいる。子どもたちに負けないくらい無垢な表情がとても印象的であり、「大人たちも童心に返り、みんな子どもになっている。ここには大人はいない」そう感じる楽しい時間であった。

子どもたちに恩返し

子どもたちが帰った後も、岩松監督は新聞記者の取材に応えていたが、「撮影中の忙しい最中、社会見学を受け入れて大変ではなかったですか」という質問に対する答えが印象的であった。津具のセット建設は、撮影の半年前から行われており、その期間中、日曜日になると、地元の子どもたちがポテトチップスとジュースの差し入れを持ってやってきてくれたというのだ。おそらくお小遣いを出し合って買ってきたであろう差し入れを手に「撮影がんばってください」と言う子どもたちを見ていると、この子たちに何かお礼ができないものかと思ったという。こうした差し入れだけでなく、地元の方たちは、親子でセットの掃除をしたり、ペンキ塗りも手伝ったりしてくれたらしい。今回の社会見学はそれらに対するささやかな恩返しだという。4明日は撮休にして、三河映画のメンバーは、津具の地元の方たちが年に一度行う朗読会に出かける予定らしい。三河映画のメンバーは、映画づくりだけでなく、地元の人との交流を心から楽しんでいるのだろう。そこには、「自分たちの映画さえうまく撮れれば良い」といった雰囲気は微塵も感じられなかった。 

こうして私の“熱い3日間”の取材は終わった。三河映画のメンバーは、スタッフもキャストも全員手弁当(ノーギャラ)で参加している。あの現場には、やる気のある人間しか存在しない。そこには、組織につきものである温度差がない。取材を通した3日間、目の前にあったのは、ひたむきに映画づくりに熱中し、困難に立ち向かいながら成長していく人間の姿だった。私はノートパソコンに向かい、この文章を書き進めていると、ガンガンにエアコンの効いた部屋にもかかわらず、興奮のせいか自らの身体が異常に熱いことに気づいた。この3日間を通して、ヒロインを演じる石川さんの発熱がうつってしまったのか。三河映画の熱さがうつったのか。それは、常に燃え続け伝染していく熱さだ。

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​※ジンバル ブレを抑えなめらかな動きで映像撮影をするための機材

レポーター 稲垣卓

1987年生まれ。ライカを愛するカメラマン。写真を撮ったり、動画を撮ったりする以外にも、企画構成をしたり、イベントを担当したり、某施設に装飾物を置いたりとマルチに活動。ネットで映画「Ben-Joe」の制作を知り、その制作に対する熱量に興味を持ち、取材を申し込む。取材後も撮影現場に足を運び続け、メイキング・カメラマンやカメラマンのアシスタントをすることに。気がつけば、スタッフの一員としてクランクアップまで参加。

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