潜入取材4日目【重要文化財でのトラブル】
眠りについたと思ったときに、私は物音で目を覚ました。主人公の香奈さんが起きていてテーブルに向かって何かをしているのだ。何をしているのか不思議に思い、私も起きて彼女に尋ねると、撮影が夜遅くまで続くので、毎朝、早起きをして、夏休みの課題をやっているのだという。なんたる根性の持ち主。しかも、昨日は、38度の熱をおして撮影に臨んでいたのに、今日はもう大丈夫だという。どれだけタフな人間なのかと驚かされる。演技に集中するため、彼女はクランクアップまで一度も家に帰らないと決めたそうである。高校2年の16歳の夏休み。こんな生活を1か月間も続けてきていることに恐れ入った。その後、私は再び床につき仮眠を取った。目を覚ますと、朝食は、驚くほどの数のパンが長テーブルに並べられていた。これまた地元のパン屋さんが前日の売れ残りを毎日協賛で分けてくれているという。
朝食後、2台のロケバスに乗って、ロケ地に移動する。ロケバスは、ハイエース2台なのだが、このハイエースも、地元の車屋さんが1か月間、1台につき1万円の格安料金で貸してくれているらしい。レンタカー屋で1か月間、同じものを借りたことを考えれば破格の料金である。いろいろな形の協力があるものだと感心すると共に、三河映画というのは、本当に地元との繋がりの中で映画制作を行っているのだと痛感させられた。
今日は大がかりな撮影であると、主人公の妻役の斉木さんから聞かされていた。事前の天気予報から、雨のシーンを撮影することになっていたが、今日は雨ではなく曇りの天気。どうするのかと思いきや、人工的に雨を降らすのだという。撮影現場は、愛知県岡崎市にある大樹寺という重要文化財のお寺である。
人工的に雨を降らせる
またまた撮影強制終了!
徳川氏の歴代将軍の位牌が安置されている立派なお寺なのだ。なぜこの寺が選ばれたかというと、重要文化財であるため、お寺の周りには消火栓の包囲網があるからだという。その消火栓を使って好きな場所から雨を降らせて撮影することが可能だというのだ。 お寺のご住職の全面協力のもと、全カット、雨を降らせて、撮影するのだという。
消火栓のホースから勢いよく放水し出した瞬間、周囲の役者やスタッフから大きな歓声が起こる。これはすごい撮影を見学できたと私も大いに盛り上がる。「カット」の声がかかるごとに、役者たちはタオルで身体を拭いてもらい、次のカットに備える。その繰り返しで撮影は続けられた。私も1言台詞をもらって、このシーンにゲスト出演させてもらって大興奮(のちに私の出演シーンはカットされていたが)。午前中の撮影は順調に進んだものの、午後になり、思わぬ事件が起きる。急にホースから水が一滴も出なくなってしまったのだ。原因を調べようと、寺の職員が消火栓のモーター室の扉を開けた途端、「わー!」という声が上がる。モーター室の中は、異常な高温になっており、水を送っているモーターが完全に焼き付いてしまっていたのだ。モーターの復旧を待っている間に、日が暮れてしまい、撮影は強制終了となってしまった。
結局、モーターはすぐには修理できないとのことであった。スケジュール的には、撮り直しは翌日しかできないが、全カットを撮り直せるほどの時間的な余裕はないと言う。それに追い討ちをかけるように、翌日の天気予報は晴天。雨は降らせられない、天気も繋がらないと頭を抱える三河映画スタッフたち。またもや追い詰められる。「監督、どうする?」スタッフたちが代わる代わる監督に尋ねている。さすがに監督も即答ができない。しばらく考えた後、監督が出した答えは、雨上がりの設定に変えて撮影しようという案であった。そうすれば、今日、撮影したカットの半分は使え、翌日中に撮り切ることが可能ではないかというのだ。その答えを聞いた役者とスタッフは、納得した表情を見せて、帰りのロケバスへ乗り込んでいった。「ああ、こうして三河映画はいくつも窮地を乗り越えてきたのだ」と感じた瞬間であった。
窮地に立たされた時に、いかに知恵を絞り乗り越えていくか。それが人間力を育てていくことになるのだろう。“覚悟”を決めた人間こそが、その壁を乗り越え、人間力を身につけていくことができるのであり、成長をするには“覚悟”が必要なのだと感じた。三河映画のメンバーは、誰もがその“覚悟”をもっているからこそ、困難を乗り越え、成長していくのだ。三河映画が目指す“人づくり”には、この“覚悟”が必要条件と言えるだろう。
メイキングカメラマンになる
「三河映画」のクランクアップの予定は来月だが、そこまでまだいくつも困難が待っていることだろう。しかし、“ブルドーザー”率いる三河映画である。不屈の精神で間違いなくクランクアップまで突き進むことであろう。2010年は記録的な猛暑であったが、その暑さにも三河映画の熱さには負けない。彼らは、今晩も熱帯夜をエアコンのない合宿所で過ごすのだろう。そうした壮絶な日々を過ごし、その情熱がいかなる作品を生み出すのだろうか。気がつくと、私は岩松監督の携帯に電話をかけていた。そして、私は彼に言った。「このまま三河映画の仲間に加わり、クランクアップまでメイキング写真を撮らせてもらえないか」と。こうして、私は「幸福な結末」のクランクアップまで、11,530回シャッターを切り続けることになる。その後、写真の編集に数か月かけて格闘し、「幸福な時間」を過ごしたのだ。
レポーター 小山祐司
出会った人の写真に言葉を添え「De パチリ」と呼び500人以上に届ける。また、街を歩き隠れた美を見い出す写真に一行のコピーを添え、マチ写とする。日本各地、パリ、ボルドーなどで、多数の展覧会を開き、東北大震災、熊本大地震などを取材したボランティア写真展では世界中の人々にその悲惨さを訴え募金活動をする。現在は浜名湖にスタジオを構えポートレイト写真、絵画制作をする。趣味としては料理、オーディオ、晴れた日にはヨットなど時間を楽しむ、クリエイティブ沼にはまっている74歳。